朝ドラカムカムエヴリバディ(2021秋)に実話のモデル?ヒロイン3人はなぜ?

カムカムエブリバディ02

NHK朝ドラ2021年秋放送(後半期)になる「カムカムエブリバディ」に実在のモデルがいました。「平川唯一・ひらかわただいち」さん。91歳の人生の中で5年間「カムカム英会話」というNHKラジオの放送を担当し、「カムカムおじさん」と呼ばれて終戦後の暗い空気の日本を明るく導いたといえる人物です。

今回は、実在のモデルと、朝ドラヒロインがなぜ3人もいるのか?関係性やドラマの意図について考察したいと思います。平川唯一さんの生い立ちやプロフィール、朝ドラキャストなどもチェックしたいと思います。

実在のモデル「平川唯一」さんのwikiプロフィール

実在のモデルは「平川唯一・ひらかわただいち」さん、明るい笑顔です。

ひらかわただいち
出典:Wikipedia

wikiプロフィールをチェックしました。

  • 出身地 : 岡山県高梁市(たかはし市)
  • 生年月日: 1902年(明治35年)2月13日
  • 没年月日 :1993年(平成5年)8月25日(91歳没)
  • 最終学歴:アメリカ合衆国 ワシントン大学
  • 職歴 :日本放送協会国際放送
  • 活動期間 :1936年(34歳) ~ 1993年(91歳)
  • ジャンル :国際放送、語学教育

平川さんは、昭和21年1946年から5年間、NHKラジオ第一(全国放送)で英会話放送、通称「カムカム英会話」という番組を担当しました。

月曜から金曜まで15分間の放送で、平川さんは「カムカムおじさん」と呼ばれ、小学生から大人まで親しまれ人気があったということです。

なぜ人気になったかというと、1つは、終戦後の日本で「平川さんのカムカム英会話」の声や番組構成が、娯楽の無い当時の、国民全体の暗い空気を和ませるような明るい声と雰囲気だったからと言います。

もう1つは、昭和21年(1946年)というと日本が終戦を迎えて、アメリカの影響をこれから受けようとする時代でした。たとえば、仕事や経済、物流など様々な場面で英語を目にし、使う機会が増えたり、新聞や雑誌などでアメリカの生活を目にすることが増えていったのです。生活の中で英話は必然的に吸収されていったのです。

もう少し言うと、鎖国をしてきた歴史のある日本の気質からもわかるように、英語を排斥してきた歴史もあり、ここにきて(敗戦を迎えてアメリカに主導権を取られる)、英語を覚えなければいけないという風潮が高まった時代でもありました。そして、英語の言語が入ってくると同時に、民主主義という概念も習わなければならない時代でした。

生い立ちや経歴

平川唯一さんの生い立ちや経歴を調べてみました。

日本に生まれる

1902年、岡山県高梁市(たかはし市)の山村の農家の4人家族(父・母・兄弟)の次男に生まれ、1916年(14歳)に津川尋常高等小学校高等科2年(現在の中学校(1学年・2学年)に相当する)を修了し農作業の手伝いをする生活を送っていました。

アメリカでの生活

貧しい家計を助けるため、数年間アメリカに出稼ぎに行ったきり帰って来ない父を迎えにいこうと、16歳の平川さんは、父から届いた手紙を頼りに兄と共にアメリカに渡ります。これが後の「カムカム英会話」につながる大きな転機となります。

ポートランドで半年ほど線路工夫などに従事し、その後シアトルに移って日本人商店の店員として半年間勤務。

父と兄は日本に帰りましたが、平川さんは英語を学ぼうと、仕事をやめて高級住宅街のスクールボーイ(サンフランシスコ周辺で使われていた独特の言葉で、通学時間を保障することを条件に家事の手伝いをさせる留学制度のこと)となり、17歳でアメリカの小学校へ入学し基礎から勉強したといいます。

スーウェド小学校に入学、ここを飛び級で進級して3年で卒業、ブロードウェイ・ハイスクールを4年で終えてワシントン大学に入学、専攻を物理学から演劇に変え、1931年(29歳)には演劇科を首席で卒業して文学士(大学の文学部の卒業生に与えられる称号)となります。

大学卒業後は、ロサンジェルスのセントメリーズ・チャーチの副牧師になって日米文化の伝達に努め、この教会で出逢った東京神田出身の滝田よねと1935年(平川さん33歳)に結婚。

この頃、俳優としてJoe Hirakawa(ジョー・ヒラカワ)の名で『マダム・バタフライ』『ダイヤモンド島の謎』等ハリウッド映画やパサディナ小劇場 (Pasadena Community Playhouse) にも出演していたということです。

日本に帰国

1936年(34歳)に帰国。NHKの英語放送アナウンサーに応募し、国際放送のチーフアナウンサーとして1945年(43歳)の9月末に退職するまで8年間勤務。

その間、太平洋戦争(1941(昭和16)年~1945(昭和20)年間の約3年9カ月間にわたり、日本と、連合国(アメリカ・イギリス・オランダ・中国(当時は中華民国)を中心とする太平洋国々)との間で起きた戦争、連合国側からの呼称。)が起こり、米州部放送班長としてアメリカ兵に対する厭戦工作(えんせんこうさく)に携わりました。

終戦時には、放送された玉音放送( ぎょくおんほうそう ) (天皇の肉声(「玉音」)を放送するもの)を英訳し、国外に向け国際放送で英訳されたものを朗読しています。

その当時の、ラジオ放送された昭和天皇による「終戦詔書」の朗読(約4分30秒)動画と国民の様子の写真がありましたのでご紹介します。昭和21年頃の日本の様子と、言われているところの暗い空気をうかがい知ることができると思います。

出典:朝日新聞:2015/08/01投稿済み

そして、1946年(昭和21年)終戦後、平川さん44歳から5年間、NHKの「カムカム英会話」ラジオ講座に携わっていくことになります。

「カムカムエブリバディ」の生みの親

平川さんは、当時の日本を明るくしようと考えに考え、童謡「証城寺の狸囃子 」(しょうじょうじのたぬきばやし)の曲に載せて、番組のテーマ曲“Come, Come, Everybody”(カムカムエブリバディ)を作詞し、後にこのテーマ曲は国民的愛唱歌になったといいます。

そして、英会話教育としても考えに考え、ありふれた家族の日常会話を題材にしたといいます。この英会話講座の学習スタイルは現在でも引き継がれているそうです。

演劇人平川が考えた毎週の寸劇は、当時の日本人の心情を伝える「家族の情景」になっていて、ごく身近なものとして親しまれ、平川さんはこれを「英語遊び」「赤ちゃんのように口真似ごっこ」として教えました。

このことは、平川さんご自身のアメリカでの小学校から大学、演劇、映画にも携わるという、基礎学習と子どもから大人まで、学校から家庭まで幅広く、さらに教会の副牧師にもなり、まるごとアメリカを20年間体験してきたところから生み出されたことなのでしょう(゚д゚)!

明治35年から平成5年まで、昭和を生きた「平川唯一・ひらかわただいち」の自叙伝があります。昭和54年1979年2月15日に放送された「私の自叙伝・カムカム英会話の青春」というものです。

以下の動画は、平川唯一さん77歳(実際の声)の時の放送を取り上げ、ゲストとナビゲーター(アナウンサー)が解説をしながら、平川さんの昭和、日本の昭和をひも解いています。

平川さんの昭和(前半)

  • 当時の「カムカム英会話」の実際の放送を紹介しています。(1:50~2:59)
  • 平川さんが「ラジオ・カムカム英会話」が放送されていた頃を振り返っています。(6:40~13:00)
  • 16歳のアメリカに渡った頃を振り返っています。(14:30~20:30)
出典:NHK ・声でつづる 昭和人物史・ラジオアーカイブス:2019 06 03投稿済み

平川さんの昭和(後半)

  • アメリカでの学校生活を振り返っています。(6:20~11:47)
  • 演劇の道に進んだことなどについて振り返っています。(17:00~23:30)
  • 「カムカム英会話のテーマソング」(28:00~)
出典:NHK ・声でつづる 昭和人物史・ラジオアーカイブス:2019 06 10投稿済み

物心つくまで日本で育ち、多感な青年時代はアメリカで過ごし、再び日本に帰る、という国際人的な視野を持つ平川さん。

終戦後の日本を明るくするという平川さんの志しや使命感は「カムカム英会話」とそのテーマソングである「カムカムエブリバディ」にあらわれているといわれ、時代にハマった、的を得た、子どもから大人まで全国民の楽しいイベントだったのです。

出典:コッペいたち:2016/01/23投稿済み

2021年後期(秋)のNHK朝ドラ「カムカムエブリバディ」にはヒロインが3人いるとされ、3人の女優が、それぞれ別々のヒロインとして演じる作品はNHK朝ドラ史上初だといわれています。それはなぜなのか考察してみました。

ヒロインが3人いるのはなぜ?

脚本は、藤本 有紀(ふじもと ゆき)さんという方です。「カムカムエブリバディ」は藤本さんのオリジナル作品ということです。

藤本さんwikiプロフィール

  • 誕生日 :1967年12月29日(2021年現在58歳)
  • 出身地 :兵庫県伊丹市
  • 主な作品:『ちりとてちん』『平清盛』『ちかえもん』『みをつくし料理帖』
  • 受賞:第34回向田邦子賞(『ちかえもん』)
カムカムエブリバディ05
出典:出会いを求めて

藤本さんは「いつか2度目の連続テレビ小説を書かせていただく機会に恵まれたなら、「NHKラジオ英会話講座」をきっと書こうとして温めていた」といいます。

1925年(大正14年)の日本のラジオ放送開始とともに始まった英語講座の歴史を紐解くことは、それにまつわる百年の物語を見つけて紡ぎ上げることと同義であり、自然な成り行きとして3世代のヒロインの物語という発想に至ったという。

ウィキペディア

日本のラジオ放送は1925年(大正14年)に始まったのですね(゚д゚)!人間の歳になおせば、2021年現在で96歳になります。まだまだ健在の高齢者は少なくないと思います。

今日もなお続いているラジオ英語講座が題材にされたのは、日々のルーティーンのように、まるでNHK朝ドラのように、毎日私たちの身近にあり耳にしていたもので生活の一部になっていたのでしょう。

英語講座の歴史を紐解くことは、100年の物語を見つけて紡ぎあげることと同じだと言っています。親から子どもへ、子どもから孫へ・・・100年の物語を意図されていたのですね(゚д゚)!

だからお祖母さん、お母さん、子ども、の3世代のヒロインの物語、になったということです。それでは簡単なあらすじ、それぞれのヒロインと活躍の場所をみていきます。

あらすじ

安子(祖母)、るい(母)、ひなた(娘)、という3世代の女性たちが紡いでいく、100年の家族の物語です。そして、3人の傍らにはいつもラジオ英語講座がありました。

3人は、昭和・平成・令和それぞれの時代の試練にぶちあたりながらも、自分らしい生き方を、悩み、模索しながら、自分なりの方法で見出していき、物語はヒロインがリレーでバトンを渡すように展開していきます。

1925(大正14)年日本でラジオ放送が始まった日、「岡山市」内の和菓子店で生まれた安子。ラジオ英語講座との出会いが未来を切り開いていくが、太平洋戦争で夫と死別し、娘を残し渡米・・・などさまざまな試練が安子に舞い降りる。和菓子のあんこと、野球をテーマに物語が進みます。

安子の娘、るいの物語は、ジャズをテーマに1955年(昭和30年)代の「大阪」から始まります。親と英語を憎んで育つも、ジャズソングによって道を切り開いていきます。

るいの娘、ひなたの物語は、時代劇をテーマに1965年(昭和40年)代の「京都」から始まります。時代劇の世界に憧れつつ、紆余曲折を経てラジオ英語講座に居場所を見出します。

駅伝マラソンやリレーのように引き継ぎをされる物語の、親子3代のヒロインの時代背景により、テーマと生活の場所がそれぞれ変わっていきますね(゚д゚)!どんなドラマ展開になっているのかは、テレビを見てのお楽しみです(^^)

3人のヒロインや実在モデルの平川さんを演じる俳優を調べてみました。

3人のヒロインと平川さん役は誰?

カムカムエブリバディ03
出典:NHK

写真の左から、安子 (上白石萌音)、ひなた(川栄李奈・元AKB48)、るい (深津絵里)。

カムカムエブリバディ04 (
出典:NHK

実在モデル平川唯一・カムカム英会話講師にさだまさし。

今回のまとめ

NHK朝ドラ2021年秋放送(後半期)になる「カムカムエブリバディ」に実在のモデルがいました。「平川唯一・ひらかわただいち」さん。91歳の人生の中で5年間「カムカム英会話」というNHKラジオの放送を担当し、「カムカムおじさん」と呼ばれて終戦後の暗い空気の日本を明るく導いたといえる人物です。

そして、今回の朝ドラでは史上初めての3人のヒロインが登場するのはなぜか?考察してみました。

それは、脚本家、藤本有紀さんにより、1925年(大正14年)の日本のラジオ放送開始とともに始まった英語講座の歴史を題材にしたかった。

それにまつわる100年の物語を見つけて紡ぎ上げ、自然な成り行きとして、3世代の3人のヒロインの物語というドラマに仕上げていったということです。

余録としては、英会話講師には教師や教授などの講義が多い中、今回の実在のモデル平川唯一さんは、ご自身のアメリカでの勉学と演劇科を首席で卒業した文学士という経歴がユニークで、人気があったといわれています。

「カムカムエブリバディ」の放送を楽しみにしています。最後までご覧いただきありがとうございます・

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