米津玄師の歌詞は意味不明!?なぜ売れるのか秘密を分析! 

よねづけんし

子ども達が踊って歌った「パプリカ」、この曲は何!?もう一度聞きたくなった「Lemon」は同じ人が作っていた・・・米津玄師(よねづ けんし)。

とても印象に残る曲で何度も聞きましたしその他の曲も聞いてみましたが、米津玄師の歌詞は意味不明なところも。次々と大ヒットしていますがなぜ売れるのかウケるのか、その秘密を分析してみました。

どんな人?

やはりいちばん先に思い浮かぶのは「どんな人なんだろう?」という疑問です。

もう一度聞きたくなっただけではなく、何度も聞きたくなる曲「Lemon」を作った人「米津玄師」さんはいったいどのような人なのでしょうか?

たとえばスティーブ ・ジョブズ・スタンフォード大・卒業式スピーチ・2005年の中でスティーブは「自分は養子に出され、その家庭の経済の困難さを思いやり大学を中退した、しかしそれが幸運であり今の私がある。」というスピーチをしています。(簡略)

米津玄師さんの場合はどんな環境で育ち、何に影響を受けているのでしょうか?その中から歌詞の意味や米津玄師さんの魅力、売れるワケも見えてくるのではないでしょうか?

ということで、彼のTwitter、YouTube動画、Wikiなどで調べてみました。

プロフィール

  • 本名:米津玄師(よねづ けんし)
  • 生年月日:1991年3月10日(魚座)
  • 血液型:O型
  • 身長・体重:188cm(体重不明)
  • 家族構成:両親、姉(その他不明)
  • 出身地:徳島県徳島市
  • 学歴:徳島県立徳島商業高等学校卒業、大阪の美術専門学校(中退)
  • 職業:シンガーソングライター、音楽プロデューサー、ボカロP、イラストレーター、映像作家
  • ジャンル:J-POP、ロック
  • 所属レーベル:ソニー・ミュージックレーベルズ内のSME Records(エスエムイー・レコーズ)
  • ・・・(つまりCDを作る大手会社)
  • 所属事務所:REISSUE RECORDS(リイシューレコーズ)
  • ・・・(マネージメントをする会社、つまり売り出し方を考えてくれる)
  • メジャーデビューしている(大手レコード会社であり宣伝に資金力があるということ、これに対してインディーズ・デビューがある)

影響を受けたモノやコト

母親が美術の教員免許を持っていた影響もあり、米津玄師さんは幼い頃から絵を書くのが大好きで、将来の夢は漫画家になりたかったそうです。

ここからはそんな米津玄師さんの経歴を幼い頃から、時系列で追っていきます。

時代背景や当時はやっていたものなど、何に影響を受けていたかよくわかります。

経歴を時系列で追っていきます

小学5年生の頃に当時インターネットで流行になっていた「フラッシュアニメ」を見て、音楽とアニメに影響を受けたのが今の米津玄師につながっているといわれています。

そのときに使用されていたBUMP OF CHICKENの楽曲にも影響を受けているようです。

中学3年生の頃にはMTR(マルチトラック・レコーダー)音楽制作の録音用機材を使い、作曲を始めます。

高校生あたりでは、アマチュアバンド「late rabbit edda」を作り、閃光ライオット(せんこうライオネット)という10代限定ロックフェスにオーディションを挑んでいます。第2審査で落選しています。

高校卒業後には大阪の美術専門学校に行っています。

このあたりでバンド活動が上手く行かなくなって解散をしたり、専門学校をその後中退しています。

2008年あたり(高校卒業あたり)にはDTM(デスクトップ・ミュージック)を始め、ニコニコ動画に投稿するが気に入らなくて削除しています。

2009年にはVOCALOID(ボーカロイド)を使用したオリジナル楽曲の制作を始めます。

ボーカロイドはつまり短くして「ボカロ」といいます。「P」が付いていれば、プロデューサーのことです。

ヤマハが開発した音声合成技術で、曲と歌詞を入れて「初音ミク」(他にもたくさんのキャラがあります)という女の子のキャラに歌わせます。

同年5月にはニコニコ動画にて、初音ミクを用いた初めての作品「お姫様は電子音で眠る」を投稿しています。

この時の名前が「ハチ」といいます。

このあたりからヒットがバンバン出てくるようになります。動画再生回数も1000万を超えてきます。

(2011年1月23日投稿作品「パンダヒーロー」は「OFFICIAL ORANGE」より、アレンジを変えています。)

2012年からは本名「米津玄師」で音楽活動を始めます。

2013年よりメジャー・デビューをしてからはより精力的に音楽活動を展開していき、動画の再生回数も億超えになっていきます。

アルバムの作品をまとめます。

  • 2012年:1thアルバム「diorama」(ジオラマ)をリリース(インディーズレーベル)
  • 2013年:シングル「サンタマリア」をリリース(メジャー・デビュー)
  • 2014年:2thアルバム「YANKEE」(ヤンキー)
  • 2015年:3thアルバム「Bremen」(ブレーメン)
  • (2016年:単行本『かいじゅうずかん』を発売、イラストレーション作品)
  • 2017年:4thアルバム「BOOTLEG 」(ブートレグ)
  • 2020年:5thアルバム「STRAY SHEEP」(ストレイ・シープ)

影響を受けたモノ

音楽活動を始めた18歳の前頃に聞いた平沢進のMOTHERが、「人生を変えた一曲」で、中でも影響を受けたバンドは、BUMP OF CHICKEN(バンプ・オブ・チキン)とRADWIMPS(ラッドウィンプス)だとインタビューやラジオ番組で語っています。

イラストレーションや歌詞にも影響を与えているのは、

  • 宮崎駿(みやざき はやお)の漫画「風の谷のナウシカ」
  • 冨樫義博(とがし よしひろ)の漫画「ハンターハンター」
  • 板垣巴留(いたがき ばる)の漫画「BEASTARS」(ビースターズ)

宗教の色がある

米津玄師さんの作品には明らかに「生」と「死」をテーマにした歌詞が多いことに気が付きます。

「生と死」は人間にとって切り離せない普遍的なものです。心の深いところで皆、考えていること「本能」と言い換えることができると思います。

「いじめ」「祈り」「命」もテーマにした作品も多いと感じます。

米津玄師さんの作品の「Lemon」はレモン農家であった祖父の死を悲しむ歌であるといわれています。教会で撮影されています。

そして最近のアルバム「STRAY SHEEP」(ストレイ・シープ)では「宗教」の色がより濃く感じられると言われています。

「STRAY SHEEP」(ストレイ・シープ)を直訳すると「迷える羊」「群れからはぐれた羊」「道に迷った羊」です。イラストもご自身で描かれています。

キリスト教の聖書「マタイによる福音書」には「迷い出た羊」のたとえ話があり有名です。イエスの12人の中の1人の使徒マタイが書いた記事だと言われています。

キリスト教の聖書はとても美しい言葉で表現されていて「非日常的」な世界観とも言えると思います。

人間には「群れ」という団体で生活するという強い潜在意識があるといいます。古い歴史から団体生活を受け継いできました、そのせいなのか離れるとなぜか不安になります。

たとえると「群れからはぐれた羊」が途方に暮れ、辛い思いをするのですね。

アルバムの「迷える羊」では、しかしその思い、試練、不安の体験が同じ思いの人を救うことができる。「誰かが僕らの物語を待っている」と米津玄師さんの歌詞とともにメッセージを送っていると思います。

それと2018年の紅白歌合戦には、故郷の徳島県鳴門市の大塚国際美術館からの中継で「Lemon」を歌っています。大きな礼拝堂でした。

大塚国際美術館は、世界中の名画や有名な聖堂のコピー(複製)があり、結婚式や催し物にも利用でき、写真撮影もできる日本で2番めの大きな美術館です。

米津玄師さんご自身はキリスト教かはわかりませんが( ^ω^)・・・

辛い思い

しかし、米津玄師さんの人生も順風満帆、トントン拍子とは行かなかったようです。

幼い頃にはいじめに合い、自閉症を患ったし、20歳には医師から高機能自閉症と診断されたとご自身で語っています。

父親とも親密さがなく会話もなかったということです。コミュニケーションが苦手で、人の言うことが理解できなかったと振り返っています。

そして高機能自閉症と診断されたことで「なるほど!」と自分自身が明らかになり、腑に落ちたと言っており、何か吹っ切れたのではないでしょうか。

高機能自閉症とはアスペルガー症候群と似たところのある症状で、特徴としては知的な遅れはないものの他者とコミュニケーションが上手にとれなかったり、特定の活動に対して過度の執着を示すことなどが挙げられるということです。

知的障害は無く、先天的(持って生まれた性質)なものといわれています。

しかし飛び抜けた才能を持つことも多いともされており、最近ではポジティブにとらえられることも多くなっています。エジソンやモーツァルトらがそうであったと言われることもあります。

その他の有名人には、イチロー、島崎遥香、栗原類、スティーブ・ジョブズ、スーザン・ボイルが挙げられるということです。

米津玄師さんの幼い頃はこういう話さえ無かったタブーの時代で、コミュニケーションに対する理解さえも得られないことだったでしょう。

自分自身はもちろん家族もわからなかったのでは(´;ω;`)。いかに才能を見出して伸ばすことができるかが大きなポイントですね(゚д゚)!

ある雑誌の記事によると、そんな米津玄師さんの才能をいち早く見出し、プロデュースだけではなく精神面もささえてきた存在があったといいます。

支えた存在

米津玄師さんの才能を見出し、プロデュースだけではなく精神面を支えてきたのは、個人事務所の女性社長で、実は年上の彼女だったという噂があります。

動画投稿していた当時18歳の米津玄師さんをスカウトし、事務所を立ち上げ、売れるようにプロデュースしていったといいます。

ハチから本名にしたり、メジャーデビュー、表舞台や紅白出場にも押し出していったといわれています。体調がくずれたり、調子の悪い時は看病にいったりもしていたようです。

年上の彼女といわれている事務所の女性社長は、元大手レコード会社に努めていたらしく一般の方で、名前や顔など明らかになっていません。

この話が事実ならば、この方の存在があったからこその大ブレイクですね(゚д゚)!

それでは、気になる年収はいったいどのくらいあるのでしょうか?調べてみました。

年収

まず、収入源にはいろいろあります。YouTube動画、CD売上、音楽配信、音楽提供、プロデュース、番組出演、ライブ活動、グッズ売上、カラオケ、本の印税など。

そこからコストや税金を差し引いても、それらを合計するとなんと「5億超え、7億あるかも」ということです。

立派な日本のアーティストですね(゚д゚)!

まとめ

大ブレイクした「パプリカ」「Lemon」は動画再生回数が億超えで、大人から子どもまで世界中知らない人がいないほどです。

米津玄師の歌詞は意味不明といわれる作品もあり、今回は米津玄師はどんな人なのか、どんな世界観をもっているのか、プロフィールを調べてみました。

そして、なぜこれほどまでに売れるのか、秘密やカリスマ性を調べたり分析したりしました。

結果的には「生と死」「祈り」がテーマになっていて、撮影場所が教会や聖堂、歌詞にもキリスト教の宗教感が色濃く出ている感じがしました。

「生と死」「祈り」は人間の普遍のテーマであり、大衆性を持ち合わせています。それを取り上げている曲が多いといわれています。だからこそ「ハッとしたり」「心にしみる」カリスマ性がありのでは。

小学5年生の頃に当時インターネットで流行になっていた「フラッシュアニメ」を見て、音楽とアニメに影響を受けたのが今の米津玄師につながっているといわれています。

パソコン機器やヤマハが開発した音声合成技術「ボカロ」で、曲と歌詞を入れ作った作品を「ハチ」名義でニコニコ動画、YouTube動画投稿したりとインターネット時代が背景にあります。

実際にバンドを組んでオーディションにも参加していました。

高校卒業後は大阪の美術専門学校にもいっていた時期がありますが中退し、本名で「ボカロ」を進め、より一層音楽活動にのめり込みます。

そして動画再生回数がどんどん増え1000万回超えをし、メジャーデビューをするようになり、アルバム発売したりテレビで紅白出演と表舞台にも積極的にでていきます。

そして再生回数が億超えをするようになり、今や年収も7億円を稼ぐ日本を誇るアーティストの仲間入りを果たしています。

曲自体に印象が強く「また聞きたい!」と思わせ、聞くほど「歌詞が意味不明」と思わせるのかもしれません。

そんなところに米津玄師の魅力が詰まっていました\(^o^)/最後までご覧いただきありがとうございます。

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