養老孟司さんの凄いプロフと以外な挫折の経歴!?まるが可愛い

ねことこどもとしぜん

養老孟司さんは解剖学者で東大名誉教授であり、社会現象や人間の心理、自然や子育てなどを脳科学や解剖学の知識から考察、解説され、大ベストセラー「バカの壁」は流行語大賞も受賞。

現在ではyoutube動画でも人間の生き方考え方や名言を、公演やインタビューで知ることができます。今回は養老孟司さんの凄いプロフィールと以外な挫折の経歴、嫁や娘、愛猫まるを調べてみました。

養老孟司さんの凄いプロフと以外な挫折の経歴が・・・

出典:生活の知恵:2021/07/13

養老孟司さんはお母さんが医師で裕福でしたが、再婚後の子どもで、父親が違う姉と兄がおられた模様です。小さい頃に敗戦があり、価値観が書き換わるという体験を通して人間世界を見つめたりされています。

そして、ご自身も医学の道に進まれるのですが、エリートな凄いプロフィールにも以外な挫折の経歴がありました。それではプロフィールの全体から見ていきます。

プロフィール

  • 本名:養老孟司
  • 生年月日:1937年11月11日(2021年現在・84歳)
  • 出身地:神奈川県鎌倉市
  • 活動:医学博士、解剖学者、作家

経歴

  • 1937年(昭和12年) : 神奈川県鎌倉市に生まれる
  • 1962年(昭和37年): 東京大学医学部卒業
  • 1963年(昭和38年):1年のインターンを経て、解剖学教室に入る。以後解剖学を専攻
  • 1967年(昭和42年):  医学博士号修得
  • 1981年(昭和56年):  東京大学医学部教授に就任、東京大学総合資料館長、東京大学出版会理事長を兼任
  • 1989年(平成元年):  「からだの見方」(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞
  • 1995年(平成7年):  定年を待たずに東京大学を退官
  • 1996年(平成8年) : 北里大学教授に就任(大学院医療人間科学)大正大学客員教授を兼任(人間学原論)
  • 1998年(平成10年) 東京大学名誉教授

養老孟司さんは、東京大学医学部を卒業された医師であり、解剖学の東京大学教授であり、東京大学名誉教授です。

人間の活動や社会の現象を脳科学、解剖学から見つめ、都市は脳に支配された社会だと指摘する「唯脳論」を提唱され、1995年に定年を待たず東大を退官し「唯脳論」から社会や文化、歴史など幅広い分野を考察、解説されています。

作家としても活動され、著書に「ヒトの見方」「解剖学教室へようこそ」「考える人」「人間科学」「形を読む」「唯脳論」「毒にも薬にもなる話」「ミステリー中毒」「脳と自然と日本」「虫眼とアニ眼」などまだまだ多数あります。

とりわけ昆虫大好きで、箱根にある別荘には約10万点もの昆虫標本があり、その別荘は「養老昆虫館」とも呼ばれているそうです、84歳の今でも昆虫採取を続けていらっしゃるのでしょうか。

子どもの頃

養老孟司さんの中・高学校はミッション系の学校だったということです。

母親は養老静江さんという方で、鎌倉市内で小児科医「大塚医院」を営んでいたそうです。

養老孟司さんの父親は三菱商事に務めるエリートということでしたが、結核療養のために鎌倉に住んでいて、母親の養老静江さんの書生をしていたそうです。

書生とは、日本では主として明治・大正期に、他人の家に住み込みで雑用等を任される学生を意味した、とされます。

そして、男女の関係になり、結婚に至り、養老孟司さんが生まれました。

明治に生まれ、女医の草分けとして小児科医院を女手一つで切り盛りし、94歳まで現役で患者を診続けた。同時に、弁護士夫人として二児をもうけながら10歳近く年下の男との大恋愛の末に離婚・再婚するという「恋に生きる女」でもあった。80歳を過ぎた息子に「いくつになっても壁でした」と語られる養老静江は、良くも悪くもグレートマザーそのものだった。

スゴ母列伝

父親は母より9歳も年下でしたが結核が治らず、養老孟司さんが4歳の時に亡くなっているということです。それからは母親ひとりで女手一つで育てられているとされます。そして、父親が違う姉と兄がおられた模様です。

東大医学部卒業と同時に大きな挫折

1962年に医学部を卒業後は、東京大学病院で研修医(インターン)として働き始めました。

東大医学部という超エリートの養老孟司さんに、ここで大きな挫折がやってきます。

養老さんは手術の時、患者の血液型を間違えるところだった、というミスを犯したそうです。そして、そのような重大な医療事故につながるミスを3回も経験したそうです。

そのことで「自分は医者に向いていない」「患者を死なせてしまう・・・」と医者としての自信を完全に失ってしまったそうです。

そういうことから、医師としての道をあきらめてしまった、とされています。

そして解剖学の道に

そして養老孟司さんは、次に精神科医を目指されますが抽選に外れました。

しかし、解剖学者である中井準之助先生と出会ったことで、解剖学者としての道を歩みだしたとされます。

解剖学を選んだことについて、後に「医学においては死んだ人間を扱う解剖学が最も確実なものだ」と語られています。

そして、基礎医学で博士課程に進み、4年後の1967年、大学院を修了して医学博士号を取得されています。

1971年~1972年は、オーストラリアのメルボルン大学に留学。

その後は1981年に東京大学の解剖学第二講座の教授となり、1989年からは東京大学総合研究資料館館長、1991年からは東京大学出版会理事長を歴任されていたということです。

出典:養老孟司の部屋:2021/06/26投稿済み

定年を待たずに57歳で東京大学を退官

1995年には定年を待たずに57歳で東京大学を退官されています。

退官後は、「北里大学教授」や「大正大学客員教授」を兼任したとされます。

そしてその後は幅広い、次のような役職・活動をされているということです。

・ソニー教育財団理事・京都国際マンガミュージアム館長(名誉館長)・ムシテックワールド館長・小林秀雄賞、毎日出版文化賞、山本七平賞選考委員・日本ゲーム大賞選考委員会委員長

MATOMEDIA

1996年には「ガメラ2」で大学教授役で出演されていたということです。本当に幅広い活動ですね(゚д゚)!

出典:養老孟司切り抜き:2021/05/15投稿済み

「バカの壁」は大ベストセラー

私的には、養老孟司さんというと、東京大学、偉い先生、そして「バカの壁」を思い浮かべました。それくらい大ベストセラーになった本だったと言えます(゚д゚)!

2003年に「バカの壁」を出版されて依頼、2014年時点で436万部を突破している大ベストセラーで、戦後の日本のベストセラー第4位を記録しているそうです。

「バカの壁」は新潮新書の編集部が養老孟司さんの口述筆記をした形での著作だそうで、「人間同士が理解し合うというのは不可能であり、理解できない相手を人間はバカだと思う」というもの。

「話せば分かる」は大ウソ!「バカの壁は誰にでもある」は記憶に新しいことです。そして「バカの壁」は流行語大賞も受賞しているということです。

(以下の「Amazon」ショッピングの「書籍単行本」だけが「超バカの壁」になっています、購入時にご注意くださいませ。)

養老孟司さん曰く、「今まで同じようなことを書いて出版しているのに、「バカの壁」だけが売れた・・・」と語っておられます(^o^)

2017年には80歳になって、これだけは言っておきたかったという「遺言。」という新書も出版されているということです。興味のある方は必見です(゚д゚)!

出典:養老孟司切り抜き:2021/05/29投稿済み

養老孟司さんの嫁

結婚した嫁は茶道家の女性で、養老朝枝(ようろう あさえ)さんという方です。

鎌倉市内にある自宅で嫁と一緒に暮らしていて、奥様には茶道の弟子もおられて、鎌倉の養老邸には茶室もあるそうです(゚д゚)!

普段は養老さんは奥様には歯向かわないで、口答えすることはないとのこと。

コスト計算すると、僕の考えを変えたほうが安くつく。だから今は、何ごとも「奥様のおっしゃる通りでございます」。

PRESIDENT

養老孟司さんの身の回りや体調管理もされながら、茶道の活動もされている模様です。

今の奥様とは再婚という噂もありますが、正確な情報は見当たりませんでした。

養老孟司さんの娘

養老孟司さんの娘は養老暁花(ようろう あきか)さんと言う方です。

東京都中央区銀座で「草人木鍼灸治療院」(そうじんぼくしんきゅうちりょういん)を運営する鍼灸師であり、治療院のHPには日本伝統鍼灸学会会員、日本メディカル美容鍼協会会員。

「草人木鍼灸治療院」では東洋医学と西洋医学の優れたところを取り入れ、ストレッチ・アロマテラピー・タイマッサージなどを組み合わせたオーダーメイドの治療を行っているそうです。

東洋鍼灸専門学校を卒業され、東京都品川区に在住。独身だそうです。

養老家の愛猫・まるの写真集の出版記念トークショーに親子そろって登場したり、一緒にブログをやったり、Facebookをしたりと、親子関係は良好とされています。

息子さんの噂もありましたが、詳しい情報はありません。

愛猫まる

養老孟司さんの愛猫は、スコティッシュフォールドという種で名前は「まる」。

雄猫なのですが、太めの体型のせいか狩りはせず、木にも登らないそうで、一日中ゴロゴロし、時々ご主人様にまとわりついての仕事の邪魔をするそうです。

養老孟司さんは「こんなにたるんだ猫は初めてだ」と思ったそうで、特技はどすこい座りだそうです。

養老孟司先生と猫の営業部長という「そこのまる」の、そこまるブログも人気です。

まるは2002年生まれだそうで、2018年3月にNHKで 『ネコメンタリー 猫も、杓子も。特別編 「養老センセイと“まる”鎌倉に暮らす」 』が放送されました。

出典:mozuart:2017/04/23投稿済み

まるは2020年に死去しています。18歳(人間でいうと90歳くらい)の大往生だったということです。

まるの死因は心不全で、以前から拘束型心筋症を患っていたとのことです。元々心臓の動きが鈍かったため、一般的な猫のような俊敏な動きはできなかったということです。

2020年の11月からは頻繁に胸水を抜く処置もしていたとのことで、ほとんど寝たきりの状態になり、2020年12月21日に養老さんが目を離したすきに、息を引き取ったそうです。

人間でいうと90歳くらいの大往生だったということで、心不全は老衰によるものかもしれません。そう思うと長生きしたと言えるかもしれません。

どちらにしても、18年間のまるの影響は、大きなものがあることには違いありませんね(´;ω;`)

養老孟司さんの病気と現在

2020年6月24日、養老孟司さんが心筋梗塞を発症して東大病院に入院されました。

体調が悪く、検査だけのつもりで東大病院に行かれましたが、そこで心筋梗塞が発覚し、すぐに緊急入院となって、ICUに入室となったそうです。

幸いにも心筋梗塞自体は軽いもので、深刻な状況には至らず、2週間程度で退院されました。

愛猫まるが死んだのは、2020年12月21日ですが、養老先生が退院されるのを見届けたように思いました。

養老孟司さんは、2021年11月で84歳ですが、さらに意欲的に執筆活動を行われている模様です。

2020年6月に心筋梗塞で入院した経験を、教え子で養老さんの治療に当たった「中川恵一医師」と一緒に「養老先生、病院へ行く」という本にまとめて、2021年4月に出版されました。

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養老先生、病院へ行く

2021年現在、東京都内に足を運ぶのは講演やテレビ出演などが入っている時ぐらいで、大半は自宅のある鎌倉で過ごされているということです。

雪の下と呼ばれる高級住宅地で、谷戸という細い谷の奥に自宅があるそうで、山々の豊かな自然に囲まれた環境なのだそうです。少し前まではリスなどの小動物もよく出没したそうです。

出典:生活の知恵:2021/07/14投稿済み

今回のまとめ

養老孟司さんはエリートで凄いプロフィールの持ち主ですが、途中に挫折や苦労も味わっておられ、人生の荒波をいくつも超えられていた人物でした。

愛猫まるをいつくしみ、子どもや自然を愛し、教育にも向かい合って来られた方だなと思いました。

医学、解剖学、脳科学から読み解く、人間の行動や社会現象を解説され、公演やテレビ、著書、youtube動画を通して、私たちにためになるメッセージを送っています。

興味深いことや、考えてもたどり着けない問題が起こったときこそ、養老孟司先生に触れてみてはいかがでしょうか?新しい気づきがあるかもです。

最後までご覧いただきありがとうございます。

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